トニー・シェイとの思い出
第10回(最終回):ビジネスはアートである―アーティストとしてのトニー・シェイ
写真は2016年9月、セリーヌ・ディオンのコンサート会場でトニーに偶然出くわした時のものだ。私もトニーもまったく仕事から離れリラックスしていた。トニーと一緒に撮った写真の中では個人的には一番気に入っている。
(コンサート会場にて:トニーシェイ/写真右と石塚しのぶ/写真左)
ビジネスと並んで、トニーのもうひとつのパッションは「ミュージック」だった。トニーの著書『Delivering Happiness』には、若かりし日のトニーがレイヴ・ミュージックに多大な影響を受けたことが書いてある。トニー個人のコア・バリューの中にも、「レイヴ」のコア・バリューであるPLUR(Peace/Love/Unity/Respect 平和/愛/結束/尊重)があげられているくらいだ。
今日では世界で二番目に高い収益があるというミュージック・フェスティバル『ライフ・イズ・ビューティフル』は、「ダウンタウン・プロジェクト」の一環として、トニーがシード投資家として2013年に立ち上げたものだ。また、毎月第一金曜日にダウンタウンで催されるアートとミュージックのストリート・フェスティバル『ファースト・フライデー』にも出資し、州外のアーティストも誘致して盛り上げてきた。
私もトニーに何度か「ファースト・フライデー」に誘われたことがあるが、結局、一度も行かずじまいだった。今となっては、行っておけばよかったと後悔している。
これもトニーの著書の中に出てくるのだが、トニーは幼い頃から音楽に親しみ、ピアノとバイオリンを弾いた。亡くなる数カ月前にも、毎晩のように、ユタ州のパーク・シティの自宅で自らピアノを弾き、友人たちとジャム・セッションに興じていたという。
ビジネスというと「計算ずく」のように考えられがちだが、優れた経営者とはアーティストのようなものだ。大きなキャンバスの上にいろいろな色を使って自分の夢やビジョンを形にしていく。成功も失敗もあるが、それは自分自身の「幸せ」の旅路であり、プロセスであるといえる。
今までに出会った優れた経営者を見ると、皆、自分のビジョンを形にすることに何よりも幸せを見出す人たちだった。アーティストと同じで、キャンバスに絵を描いているときが一番幸せなのだろう。
そして、それに加えて、私が考える「真に偉大な経営者」というものは、「自分の」ビジョンを形にするだけではなく、それにかかわるすべての人たちが幸せになれる未来像を「共に」描き、「共に」築いていく、そんな資質を持った人たちだ。トニー・シェイは、まさにそんな経営者だった。
生活者から支持される企業文化の構築はマニュアルに従えばできるというものでもない。人やコミュニティへの愛情が根底になければ到底成し遂げられないことだ。
私はトニー・シェイ/ザッポスに出会い、「企業は何のために存在するのか」と改めて考えさせられることとなった。そして、トニー・シェイは、会社の財務健全性と社会性は両立し得るものだということを実証して見せてくれた人だ。私をはじめ多くの人をインスパイヤし、アメリカ、いや世界のビジネス界に旋風を巻き起こした革命児だった。
そういった意味でも、世界は惜しい人を失くした。トニーの足跡に倣い、人の幸せ、社会の幸せを追求する経営者が「例外」ではなく、「ノルム(当たり前)」になる時代の到来を心から願うとともに、自分としてもその時代の扉を開く役割の一端を担えたらと切に思う。
2020年12月24日 石塚しのぶ
(完)
記事提供:ダイナ・サーチ、インク代表 石塚しのぶ
「トニー・シェイとの思い出」関連記事を読む
第1回トニー・シェイとの出会いー経営戦略の柱は戦略的企業文化の構築
第2回ザッポス本社に初めての訪問―未知の世界へ
第3回ザッポス社滞在―『ザッポスの奇跡』を書くまで
第4回『ザッポスの奇跡』出版とネット・マーケティング
第5回リチャード・シェイ氏とのインタビュー
第6回トニー・シェイ来日特別チャリティ講演
第7回「ダウンタウン・プロジェクト」
第8回新社屋のオープニング・セレモニー
第9回ザッポスと「セルフ・オーガニゼーション」