トニー・シェイとの思い出
第9回:ザッポスと「セルフ・オーガニゼーション」―「コネクター」としてのトニー・シェイ(2019年9月)

トニー・シェイの講演はできるだけ聴きに行くようにしていたが、最後にトニーに会ったのは2019年9月6日、ロサンゼルスのダウンタウンで行われたイベントの際だった。「企業文化の基本要素」という題だったが、ザッポスにおけるホラクラシーの変遷と「セルフ・オーガニゼーション」の今後の展望について語るものだった。

トニー・シェイ

ロサンゼルスのダウンタウンの会場に現れたトニーははつらつとして元気がよかった。トークからも、「ホラクラシー」という実験期間を終え、ザッポス独自の「セルフ・オーガニゼーション」の形が見えつつあるのだ、という確かな手ごたえが感じられた。トニーのメッセージは、「社員一人ひとりが自律性をもって新しいことにチャレンジできる組織の基本要素は、やはり企業文化/コア・バリューだ」というものだった。そして、その新しい「セルフ・オーガニゼーション」の形がザッポスで実装され始めていると事例をあげて語った。

トニーは、ザッポスを次のステージに導くために、次々と革新的なプロジェクトに取り組んできた。ダウンタウン・プロジェクトが起動した2012年、そして、ザッポスが新社屋に移転した2013年以降は、トニーにとっても、ザッポスにとっても、決して「イージー(容易)な」年月ではなかっただろうと思う。トニーとクリスタから「勤続二年未満の人が社員の半数を占める」ことにまつわる難題について話を聞いたのが2012年9月、翌10月にトニーはホラクラシーの提唱者であるブライアン・ロバーソンに会い、2013年4月には既にホラクラシーのパイロット導入に着手している。

そして、2015年3月には、トニーが全社員にメールで「ホラクラシーにコミットできない人は申し出てください」と自主退職者を募った結果、その年のザッポスの離職率は30%にのぼった。

「ダウンタウン・プロジェクト」にしても、「ホラクラシー」にしても、それが成功か失敗か、結論を急いで白黒つけたがる声が多く、トニーの身辺は騒がしかった。自主退職者を募ったことに関しては、腕を捩じ上げるようなトップダウンなやり方で「民主的」なザッポスにはふさわしくない、という批判の声もあったが、私は経営者としてのトニーの覚悟と決断を評価した。

ザッポスのプロジェクト・チームとのインタビュー
(ザッポスのプロジェクト・チームとのインタビュー)

トークの終了後、トニーと話をすることができた。その際に、ザッポスにおける「セルフ・オーガニゼーション」の実践についてもっと詳しく知りたいと伝えた。彼はすぐに「実際に導入を率いてきた人たちと話すといいよ」といくつか連絡先をくれた。また、その日のトークのモデレーターを務めた、カタリスト・クリエイティブ社共同創設者であり、ビジネス書の著者でもあるアマンダ・スラヴィン氏を紹介してくれた。

アマンダ・スラヴィン、トニー・シェイ、石塚しのぶ
(アマンダ・スラヴィン/写真右、トニー・シェイ/写真中央、石塚しのぶ/写真左)

トニーは「コネクター(人と人とをつなぐ人)」だった。ダイナミックな起業家/経営者であったことはもちろんだが、何より、彼のライフワークは「コミュニティをつくる」ことだったのではないかと私は思う。ビジネスを通して、アートを通して、ミュージックを通して、「世の中に幸せを届ける」人たちのコミュニティをつくることに、トニーは46年の生涯を通じて尽力し続け、直接または間接的に彼が触れたすべての人にそのバトンを渡し続けた。

「『ハピネス』とは旅路の途中であり、目的地ではない」と、拙著『ザッポスの奇跡』に寄せてくれた「日本の読者へのメッセージ」の中でトニーが言うように、私たちはみな、その旅路の途中にある。私を含め、トニーからバトンを託された者たちが、いかに各々の「ライフ・パーパス(人生の目的)」を全うするのか、そして、次に誰にどのようにバトンを渡すのかは、私たち次第である。

追記:ザッポスの「セルフ・オーガニゼーション」の取り組みについては、この記事に詳しく書いているので興味のある人はぜひお読みいただきたい⇒ザッポス流「セルフ・オーガニゼーション」──自由のための「アカウンタビリティのトライアングル」とは?/翔泳社BizZine寄稿コラム

次回につづく)

記事提供:ダイナ・サーチ、インク代表 石塚しのぶ

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