「人」の力が企業価値を左右する
昨今において、特にサービスのデリバリーで競合に大きな差をつけ、頭角を現している会社が際立っているのは人的要素です。これは、今日の企業経営におけるバズワードが人財(ヒューマン・キャピタル)、情的資本(エモーショナル・キャピタル)、ダイバーシティ、エンゲージメントなど・・・、「人」に関連する言葉に偏っていることからも歴然とわかるでしょう。人の力が企業価値に与えるインパクトがこれほどまでに問われた時代は未だかつてありません。

流通業で顧客の「価値階層」を考えると、一番下の層(基本的な価値)が商品やサービスそのものの機能価値、真ん中の層が提供プロセスのもたらす価値、そして、一番上の層で最も高度なのが感情(体験)価値になります。商品の質が良くてよかった、と感じるのは機能価値、早く届いてよかった、と感じるのはプロセス価値、そして、購入の際にコンタクトセンターに電話をかけたら、電話に出てくれたオペレーターさんがこれ以上はないほどフレンドリーで気持ちの良い人だった・・・、と感じるのは感情(体験)価値の為せる業です。機能価値とプロセス価値は「ビジネス・モデル」でカバーできるもので模倣が可能ですが、「人」が関わってくる感情(体験)価値はそういうわけにはいきません。日本やアメリカのような高度消費社会で頭角を現すためには、「機能価値」「プロセス価値」「感情(体験)価値」の三拍子の揃った提供が必要になります。

同質なサービスの創造にはサービス文化の醸成が必須
しかし、お店でもコンタクトセンターでもよくありがちなことですが、行ってみたらたまたま「いい人」にあたってほっとするというのでは、企業力になりません。ある一部の人たちだけが感情(体験)の提供にすぐれているけれども、他の人たちはそうでもない、というのだったら、顧客は運良く「いい人」にあたることをひたすら祈るしかありません。

企業として目指したいのは。人によって質にムラがある体験ではなく、いつ、どの人にあたっても間違いなく同質な体験を提供できることです。そうするためには、マニュアルや手順で統制を図って均質の体験を創り上げるというのが従来のアプローチでした。

しかし、人間は機械ではありません。顧客対応には「例外」がつきものです。マニュアルや手順で対応できるものでは到底ありません。大量生産型の顧客対応のアプローチはもはや時代遅れで、生身の人間のニュアンスに個別に対応することが求められています。

そこで注目されているのが、感情(体験)価値の高いサービスを提供する「土壌」の醸成、つまり、「サービス文化」の醸成なのです。
それも、丁寧なだけの、型にはまった紋切り型のサービスではない。その会社(お店)ならではの「ブランド化された」サービスを提供するためには、そこで働く人たちの間で、ある特定の価値観の共有が必須だと私は考えます。

会社の中で、皆で大切にしたい価値観、「コア・バリュー(中核となる価値観)」を定めて、共有し、それを基盤に日々の意思決定や判断を行い、行動していくこと。それが、「コア・バリュー経営」の目指すところなのです。

ここでは特に、「サービス文化」についてお話していますが、「顧客サービス」といっても、実に様々な色や形をしたサービスがあります。

ザッポスのように、お客さんをWOW(あっ!)といわせる型破りなサービスもあれば、リッツ・カールトンのように、紳士・淑女たるお客様に提供するアップスケールなサービスもあります。

どんな「ブランド化された」サービスを提供するか。それは、サービスについて「どんな価値観を共有するか」「どんな文化を醸成するか」の選択にも直接的に関わってくると思います。

また、「サービス文化」を醸成するということは、会社の中の隅々にまで「サービス=奉仕」の価値観が浸透し、息づき、日々実践されているということでもあります。

サービスの価値観が浸透してこそ「感動のサービス」が提供できる
もう何年も前のことになりますが、ディズニーの社外教育機関であるディズニー・インスティチュートの認定トレーナーの講演を聴く機会がありました。その際にとりわけ印象に残ったことは、「ロイヤルティ・プロフィット・チェーン」というコンセプトです。

同様なコンセプトは、「バリュー・プロフィット・チェーン」や「サービス・プロフィット・チェーン」という名前でも語られています。「顧客満足を得て、それを顧客ロイヤルティの向上、ひいては企業価値の向上につなげていくためには、まず、従業員満足、従業員ロイヤルティを獲得せねばならない」という考え方です。

これをサービスに置き換えて考えると、社内でサービスの精神や体験を体感できていないのに、それを現場で、顧客に対してだけ真心から提供できるかということです。考えてみれば、従業員にはサービスや真心のカケラもない職場を提供しながら、顧客への優れたサービスの提供ばかりを一方的に求めている会社はたくさんあります。結果として、これらの会社のサービス・デリバリーは真心のこもらない、破綻した、うわべだけのものになってしまっています。先ほども書きましたが、人間は機械ではありません。従業員自らが「サービスの精神」を感じられる環境にいないのに、まるでスイッチをオンにするように、現場に立った途端に顧客にほんもののサービスを提供できるかというと、そういうものでもありません。短期的にはできても、長期的な目で見て維持可能ではないでしょう。

「感動を生むサービス」を顧客に提供できる会社の社内には、上司と部下、同僚同士という関係性に関わらず、「感動を生むサービス」が日常的に溢れているはずです。それが会社の文化になっているからこそ、サービスの精神が根付き、感性が磨かれます。

コア・バリューの共有で人のパワーを解き放つ、人間性重視の職場づくりを
ディズニーのトレーナーの話に戻りますが、講演の中で、もうひとつ、身につまされる言葉がありました。

「従業員ハピネスは、リーダーの責務」というものです。

ハッピーな従業員こそが、ハッピーな顧客をつくることができ、ハッピーな顧客がロイヤルな顧客に転じれば、企業価値の向上につながります。だとすると、顧客の心を動かすサービスが出来ないからといって、フロントラインの従業員を責めるのは間違っている。まず、そういったサービス体験が創造されるような環境(つまり企業文化)をつくることをしていない企業リーダーこそが、自らの怠慢を恥じるべきなのだ、とこの言葉は厳しく指摘します。

アメリカの流通業界では、今、まさに、サービスを軸とした企業文化の育成に焦点を置き、めきめきと頭角を表してきている会社がたくさんあります。90年代中盤から2000年にかけての、「テクノロジー至上主義」の時代を超えて、ウェブ2.0の向こう側にある次世代ビジネスの形は、「ITのパワー×人のパワー」だというのが、私の持論です。

そして、感性、創造性、情熱などといった「人のパワー」を解き放つためには、コア・バリューの共有を軸とした理想の企業文化の醸成と、人間性重視の職場づくりが急務であることは明らかなのです。

記事/ダイナ・サーチ、インク 石塚しのぶ