TonyHsieh,Zappos

2019年9月6日、ロサンゼルスにて、ザッポスCEOトニー・シェイのスピーチを聴いてきました。

思えば私がトニーに出会ったのは、今からなんと11年も前のことです。スピーチの後にトニーと話す機会があったのですが、その時彼も「そんなに昔になるかなあ」と非常に驚いていました。

トニーに会うのは久しぶりでしたが、相変わらずの若々しさと聡明さを感じました。若いチームを引き連れ、颯爽とセミナー会場を後にしていきました。

セミナーの内容は始めから終わりまで一貫して、ザッポスがここ数年導入に注力している「セルフ・オーガナイゼーション」についてでした。

TonyHsieh,Zappos

昨今、ザッポスというと、やたらと「ホラクラシーをやっているザッポス」のように紹介されることが多いのですが、トニー自身は、近年では「セルフ・オーガナイゼーション」という言葉を好んで使っています。

ザッポスでは、「ザッポス・カルチャーの根幹をなすコア・バリューをホラクラシーに注入した」と表現しています。ホラクラシーをたたき台にしつつ、ザッポス独自の「セルフ・オーガナイゼーション」モデルを築いている、と考えているようです。

このブログでは私自身がトニーのスピーチの「ハイライト」と感じた三点をピックアップして説明したいと思います。

1.ザッポスでは「ホラクラシー」以前から、「セルフ・オーガナイゼーション」的な取り組みに着手してきた

2008年からザッポスの研究をしてきて、私もこれは常々感じていたことなのですが、トニーがそれを明確に言葉にしてくれました。

社員の「個」を尊重するという点では、ザッポスはもとより、従来型の企業組織とは一線を画す取り組みを行ってきました。例えば、ザッポスには「社内インターンシップ制度」というものがあります。社員の要望により、興味のある部門で就業体験ができる制度です。ザッポスで最も大きな部門はCLT(コンタクト・センター)なので、コンタクト・センターの仕事から始める人が圧倒的に多いのですが、この「社内インターンシップ制度」を通じて、他部門に「転職」する人もとても多いのです。このような取り組みが今日の「セルフ・オーガナイゼーション」の基盤となったのだと感じます。

2.「セルフ・オーガナイゼーション」を支えるのは「コア・バリュー」
ずばり、「コア・バリュー」の浸透なくしては、「セルフ・オーガナイゼーション」は機能しえない、ということです。

セミナー中に、「セルフ・オーガナイゼーション」というと、「何をやってもいいのか」と誤解する人がいるようですが・・・という質問がありました。

それについて、トニーは、「自由であるためには枠組みが必要である。創造性を発揮するには制約が必要である」という言葉を引用したうえで、ザッポスが活用している「アカウンタビリティのトライアングル」というコンセプトについて説明しました。

社内で「GO(やるべき)」と「NO-GO(やらないべき)」を判断する際に、各自が用いている指標なのですが、
〇Culture:ザッポスのコア・バリューにフィットしているか
〇Customer Experience:ザッポス流の優れた顧客エクスペリエンスが提供できるか
〇Bottom Line:ボトムラインを死守できるか(赤字を出さずに運営できるか)
この三点すべてをクリアできれば「GO」だと判断するそうです。

「セルフ・オーガナイゼーションとは、組織の中の個々のアカウンタビリティを最大化する仕組みである」というトニーの言葉が強く印象に残りました。

3.セルフ・オーガナイゼーションにおいては、社員全員が起業家である
経営者の方がよく、「社員全員に起業家精神を持ってほしい」などと言われますが、トニーの言うところの「セルフ・オーガナイゼーション」は、これを具現化するための仕組みであると感じました。

セルフ・オーガナイゼーションでは、社内に「サークル」と呼ばれる役割ベースのチームが存在しますが、その一つひとつが「事業部」のように機能しているということです。各サークルが社内・社外顧客にサービスを提供することによって収入を得、各自の損益計算書を管理するイメージです。たとえば、「人事」のサークルでは、既に社外に人事系のコンサルティング・サービスを提供することで収入を得ているのだそうです。

現在、約350の「サークル」がザッポス社内に存在しますが、将来的には各サークルが自らのサービス/事業を立ち上げて、「ザッポス」という傘の下で無数のサービス/事業が運営されていることを目標としているそうです。

「各サービス/事業からはシリコンバレー風の爆発的な成長は望んでいません。赤字を出さなければいいという方針です。サービス/事業が増えていくことによって、会社全体としては成長していく。新しい『成長』の考え方だと思っています」

トニーの構想は、「成長のためなら何を犠牲にしてもかまわない」という昨今のテック企業の風潮に反旗を翻す(ひるがえす)ものであり、スモール・ジャイアンツ(小さくても偉大な企業)の精神にも通じるところがあるなあ、と頼もしく思い、あらためてザッポスのこれからを応援したいと思ったのでした。

私自身、折に触れ、コア・バリューの浸透なくしては「セルフ・オーガナイゼーション(そしてホラクラシーやティール組織)」の成功はあり得ない、とお話していたので、それをトニーの口から聞けたことは非常に大きな収穫でした。

Shinobu.Ishizuka,TonyHsieh,Zappos

制度や仕組みばかりが独り歩きして注目を浴びることが多いのですが、その基盤となる原則(コア・バリュー)が確立され、実践されていなければ、制度や仕組みは働きようもない、ということなのです。

記事/ダイナ・サーチ、インク 石塚しのぶ
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『ザッポスの奇跡改訂版』