アメリカのクラウド・ホスティング・プロバイダー、ラックスペース・ホスティング社の創設者、グラハム・ウェストンは「組織の成功は『そこで働く人たち一人ひとりの肩』にかかっている」と語ります。

テキサス州サンアントニオにある同社の本社を訪問した際に、天井から吊るされた大きな横断幕に書かれたスローガンが印象に残りました。

「人間誰しも、心を奮い立たせてくれる崇高な使命を掲げる組織の、価値ある一員として働きたいと望んでいるものだ。 グラハム・ウェストン」

2005年8月末、大型ハリケーン・カトリーナがアメリカ南東部を襲い、最も被害の大きかったルイジアナ州を中心に100万人以上が避難を強いられました。州境を越え、テキサス州ヒューストンのアストロドーム球場にも三万人近くが避難しましたが、衛生環境の悪化から感染症胃腸炎が集団発生。状況を改善するために、新たに1万人がヒューストンから約300キロ離れたサンアントニオに移動させられることになりました。

TVのニュース報道でこれを知ったウェストンはサンアントニオ市長に即、電話を入れました。ラックスペースの創設者兼実業家であるウェストンは、さびれて倒産の憂き目を見たショッピング・センターの建物を買い取り、所有していましたが、その建物を避難所に使ってもらおうと思い立ったのです。

ヒューストンから被災者が到着するまで残り24時間。ラックスペースの社員やその家族ら、有志200人が力を合わせ、建物の環境を整える作業に大急ぎで着手しました。

当時、建物の内部はデパートが退去した後、手つかずになっていました。試着室の壁、什器等もそのままの状態で残されていました。長く空き家であったため、冷房もなければ、水道のような設備もまったくありません。

いわば最低限の状態にあった建物を24時間以内に人が住める環境にする、それが使命でせひた。ウェストンをはじめ、この使命に心を奮わせて集まった200人は夜を徹して懸命に働きました。

そして翌日、夜が明ける頃までには、かつて「元デパートの抜け殻」でしかなかった建物の中には冷房が入り、被災者たちがシャワーを浴びられるように水道も通っていました。簡易ベッドが搬入され、1千人を受け入れる準備が整っていたのです。

一時は2千人が生活を共にしたこの避難所は後に、コロラド州デンバーの地方紙『デンバー・ポスト』に、「避難所におけるヒルトン・ホテル」と命名されるまでになりました。全財産を失い、中には家族まで失った人たちが少しでも心安らかに過ごせるよう、美容院、郵便局、託児所などの施設も完備しました。無料で使用できる電話機を置き、被災者たちが、全米に散り散りになった家族や友人たちと心置きなく連絡を取れるようにしました。

敷地内にはバスケットボール・コートも完備され、時には道化師などのエンターテイナーが慰安訪問をして子供たちを楽しませました。

しかし驚くべきは、その設備の素晴らしさだけではありませんでした。その陰にはラックスペースの社員たちの無償の労働と献身があったのです。ウェストンにしてみれば、会社とは無関係に個人としてやったことでしたが、避難所のことを聞きつけると、多くの社員が自ずと協力を申し出ました。こうして、避難所が運営されていた8週間、有志社員が入れ替わり立ち替わり。24時間体制で被災者の世話にあたったのです。

避難所が抱える様々な問題を解決すべく、テクノロジーの会社ならではの創造的なソリューションも開発されました。一例を挙げれば、避難者で暮らす被災者たちのID管理を行うデータベース・システム。配給があるたびに、被災者がその都度氏名を名乗らなくてはならないのはあまりにも不便だろうと、被災者の情報をすべてデータベース化し、バーコードのついたIDを発行したのです。このシステムのおかげで、バーコードをスキャンするだけでID確認ができるようになり、配給の手順がよりスピード化、効率化されました。

また、被災者たちが家族、友人、知人の安否や消息を確認できるよう、ウェブ上に存在する被災者情報を集積するシステムをつくり、コンピューターで検索できるようにしました。愛する者の消息を案じて心を痛める人たちが、自らネットにアクセスし、探したい情報を簡単に探し出せるようにしたのです。

これらのシステムはすべて、避難所でボランティアをしていた社員たちから考案され、社員の手によって遂行された開発プロジェクトです。これは、もし仮にラックスペースが、売上や市場シェアを最終目標として掲げている企業だったら、あり得ないことだったでしょう。

ラックスペースは、設立当初、「顧客サービス」というコンセプトには無縁であったIT業界に、ファナティカル・サポート(熱狂的なサポート)を導入することを使命に掲げてきた会社です。「世界で最も偉大なサービス組織として知られること」を目的としています。

そして、その対象は、ラックスペースのホスティング・サービスを利用する「いわゆる顧客」だけに限られたものではありません。顧客だけでなく、同僚に向けて、地域社会に向けて、社会全般に向けて、「熱狂的なサポート」を提供することを意味しているのです。

「偉大な仕事」というものは命令や権威によって強いられるものではない。個々人が、損得勘定抜きで、「やりたい」と心から望むからこそ生まれるものなのだ、とウェストンは言うのです。

記事/ダイナ・サーチ、インク 石塚しのぶ