1914年に米・フォード社が導入した大量生産方式は、作業の細分化により各工程を簡素化・単純化し、作業員のスキルに依存しない仕組みを築き上げました。これは、働く人がベルトコンベアの速度に合わせて単純作業を繰り返し、時間と労力さえ提供すればいいという仕組みでした。

しかし、工業主体の経済が徐々にサービス経済、そして知識経済に移行するにつれて、この仕組みに歪が出てきました。サービスの現場を考えても、その「作業工程」はかつては工場の生産ラインを模したものでしたが、それでは不十分になってきました。サービスの現場での成果物は形あるものではなく、顧客体験という無形のコトであるからです。さらに、サービスの生産活動においては、常に顧客という相手があります。顧客は不均一であり、予測不可能です。ですから、生産にかかわる従業員に臨機応変な対応な創造性が要求されます。工場の生産活動のように時間や労力だけを提供すればいいのではなく、知性や感性や個性を発揮することが求められるわけです。

だからこそ、新しい時代の会社組織のプラットフォームとして、「戦略的な企業文化」の構築が、今、熱い注目を浴びているのです。

個人の情報発信力・伝播力、ひいては社会に対する影響力が膨大なものになった結果、サービス業においても、個々の顧客の体験をかたちづくる「接点」の重要性がますます増してきています。

かつて、顧客を「マス(塊)」として扱うことがまかり通っていた頃には、顧客サービスのマニュアルどおりに顧客をさばくのが普通でした。

しかし、今日は、顧客は「個」としての主張をするようになりました。自分の事情やニーズにあわせて、「自分らしく」扱ってもらいたいと誰もが思っているのです。ですから、これに対応する接点の人たち、小売店舗の店員さんをコンタクトセンターのレップの人は、紋切り型の台詞やルールを忘れて、お客さんの「個」に対応することが望まれるようになっています。

そうするためには、接点に立つ人たち一人ひとりが、自ら意思決定を下し、行動できることが必要になります。そして、それには、会社の中のみんなが共通の価値観をもち、その価値観を意思決定や行動の物差しとする組織づくりが必要になってくるのです。

戦略的な企業文化とは、顧客という生活者の「個」。そして、働く人という生活者の「個」の力が極めて強力になった市場を背景に、企業が長期的な競争力を維持するためにも欠くことのできない経営アプローチなのです。

石塚しのぶ