買収提案金額はなんと6,000億円超
アメリカにおけるライドシェア最大手のウーバーと、料理宅配サービス最大手のグラブハブが合併交渉中というニュースが報道され、大変話題になっています。コロナ・ショックの影響で、ウーバーが本業とする「人」の輸送ビジネスが大きな打撃を受ける中、かたや宅配需要が急騰し事業的には大繁盛している料理宅配業者を買収することで、生き残りを図ろうという動きです。

買収提案金額はなんと60億ドルとも69億ドルともいわれています。グラブハブは年商13億ドル程度の会社なので、この金額は破格のようにも思えますが、ウーバー・イーツとグラブハブが合併すればアメリカの料理宅配サービス市場の55%を掌握し首位に立つことができるため、ウーバーにしてみれば「安いものだ」ということかもしれません。

内食(うちしょく:家庭で食材を料理して食事を食べること)に飽き飽きした生活者が「外食の味」を求めて料理の宅配に殺到する中、グラブハブの立場は優勢だろう、かなり強気な交渉をしているのではないか・・・とも思えるのですが、ふたを開けてみると、グラブハブのビジネスもさほど安泰ではないようです。

コスト構造改善が急務の料理宅配ビジネス
ウーバーとの買収交渉が報道された翌日(米国時間5月14日)、グラブハブの株価は8%程度下落しました。なぜだと思いますか。

グラブハブをはじめとする料理宅配サービス会社は、そのプラットフォームを利用するレストランに対して手数料を徴収しますが、売上の2割、3割を手数料に持っていかれるレストランとしてはたまったものではありません。これは搾取ではないかと論議をかもしていたところ、昨日、ニューヨーク市議会が「料理宅配サービスは売上の15%を超過する手数料を徴収してはいけない」との法令を下したのです。

もっともこれはニューヨークに始まったことではなく、サンフランシスコ、シアトル、ワシントンDC、ジャージー・シティなどアメリカの主要都市がニューヨークに先んじて同じような法令を下しています。ただし、ニューヨークはグラブハブにとって特に大きな市場であるため、この法令の打撃は大きいとして株価にも影響が出たのです。

売上の2割も3割もを「手数料」として徴収するのは「搾取」だと非難を浴びる反面、グラブハブのような会社が「儲かっている」かというと実はそうでもありません。ロックダウンの影響で料理の宅配の需要が急騰するという「コロナ特需」を受け、売上は増加しているのに依然として利益が出ない、という負のスパイラルに陥ってしまっています。料理宅配サービスというのは、現在のところ、利益構造が破綻しているビジネスなのです。

生き残りを賭けた大勝負
では、なぜ、その「売上は上がっても利益は出ない」ようなビジネスをウーバーが続行したがるのが、あるいは欲しがるのか・・・。

最大の理由は、ウーバーが主要収益源としているパッセンジャー・ビジネス、つまり「人」を輸送するというビジネスの需要が、向こう一年間かそれ以上元通りにはならないという懸念があるからです。

コロナの感染拡大が落ち着けば、国内旅行ビジネスは復活するだろうといわれています。車社会のアメリカでは、特に「ロード・トリップ」、つまり生活者が自分の車で行ける範囲のところに行くタイプの旅行が盛り上がりを見せるのではないかと予測されています。

もともと車社会のアメリカでは、ニューヨークやサンフランシスコなど公共交通機関が充実していて車を持たない生活形態が成立する都市の住民を除いて、大多数の人が自家用車を持ち、普段は自分の車を運転して生活しています。ライドシェア・サービスを使うのは旅先や、友人や知人とお酒を飲みに行くときなどに限られますが、自分の車を運転して旅行する際にはもちろんライドシェアを利用する必要はありませんし、コロナウイルスの感染懸念があるうちは外出も控えるので、ライドシェアの利用機会は当然劇的に減少します。

また、ウーバーなどのライドシェア・サービスにとって、大きな収益源となっていたのが「ビジネス・トラベラー」による利用でした。しかし、現在のところ、ほとんどの企業が商用の旅行を見合わせています。そればかりか、コロナ終息後も、ズームなどのバーチャル会議で済ませられるものはバーチャルで済ませ、「ビジネス・トラベル」は本当に必要な場合に限るという新しいワークスタイルが定着するとの予測もあります。

つまり、ウーバーにしてみれば、今日まで築き上げてきた年商146億ドルの源泉、そして時価総額570億ドルの基盤となるビジネスが根こそぎに失われるという深刻な不安があるわけです。

ですから、グラブハブの買収を通して料理宅配サービス市場における首位の座を掌握することは、ウーバーにとっては生き残りを賭けた大勝負であるといえるのです。

そして、グラブハブにとっても、ウーバーという「巨人」と手を結び、業務やインフラやアセットの「効率化」を行うことでコスト構造を改善し、事業を黒字化にもっていくことが頼みの綱です。それが実現できなければ、どんなに売上が増加しても損失がかさむばかりのグラブハブのビジネスに未来はないでしょう。

憎まれっ子は世にはばかるのか
最後に、この買収案件に関してもうひとつ興味深い点は、これが「憎まれっ子同士の合併」であると評されている点です。

ウーバーも、グラブハブも、その事業の運営にとって必要不可欠な「パートナー企業」と敵対関係にあることがよく知られています。ウーバーの場合、前CEOカラニックの時代のスキャンダルから学び、近年、イメージの刷新に注力はしているものの、未だにドライバーや地方自治体との衝突が絶えません。そして、グラブハブは、先述の通り、特に独立系のパパ・ママ・レストランの利益を搾取する存在としてほうぼうから非難を浴びています。

「憎まれっ子、世にはばかる」ということわざがありますが、ほんとうにそうでしょうか。生活者にやさしくないビジネスは、かならず生活者からのしっぺ返しを受けます。そしてこの「生活者」という言葉は、従来でいうところの「顧客」ばかりではなく、「従業員」や「取引先」や「パートナー企業」や「地域社会」など、会社を取り巻くすべてを含むのです。生活者に愛される会社になることが企業の成功における絶対必要条件です。

「憎まれっ子同士の合併」が果たして生き残りの突破口になりえるのかどうか、私的には、ウーバーとグラブハブの合併には大いに疑問を感じるところなのです。

記事/ダイナ・サーチ、インク 石塚しのぶ