コロナが強いる、グローサリー・ショッピングの新しい「リアリティ」
コロナ感染拡大が始まって以来、アメリカのスーパーで新たに導入されたもの。

1.レジ・エリアで従業員と顧客を隔てるプレキシガラスの仕切り
2.従業員によるマスクの着用
3.ソーシャル・ディスタンシングを示す床や壁のサイネージ
4.店内の混雑を避けるための入場制限
5.サラダ・バーなどのセルフ・サービスの撤廃

安全対策としてのこれらの設備や仕組みは、私たちアメリカの生活者が長年慣れ親しんできたショッピング体験とは相いれないものであり、当初は抵抗や反発を示す声も多かった。

スーパーでのグローサリー・ショッピング(食品や生活用品の買い物)は、基本的には「ルーティン(日々の雑用)」であるが、アメリカのグローサリー・リテーラーは長年にわたり「体験」にフォーカスを置き、いかに顧客により長い時間を店内で過ごしてもらうか、を狙いに店舗デザインやサービスに工夫を凝らしてきた。

しかし、「コロナの時代」には、ショッピングを「エンターテイメント」とする価値観自体が根底から覆される。その中で新たに浮上しているのは「ブランディングとしての安全対策」だ。

「清潔」「安全」「安心」による差別化
コロナの時代に生活者がグローサリー・ショッピングに求めるものは何か。敏速かつ安全に買い物を遂行できることが最優先事項となる。そこで多くのリテーラーが考え始めたのは、「清潔」「安全」「安心」をいかに差別化に活用するかだ。

「清潔」「安全」「安心」は、もはやリテーラーにとって「コンプライアンス(法的遵守)」の問題であるばかりではなく、「ニュー・ラグジュアリー(新しい贅沢)」であるといってもいい。

アメリカで7月初めに行われた意識調査によると、「衛生対策や安全対策が明確でないお店では買い物しない」と答えた人が全体の3分の1を占めるそうだ。

「自分の身は自分で守れ」と生活者に対して「自分でできる」安全対策を説く記事がネットには溢れている。しかしそれらに生活者が疲労を感じ、途方に暮れているのも事実だ。「この店でショッピングすれば安心・安全」と思わせてくれ、ほんの数分でも「ほっとできる」ショッピング体験を提供できれば、コロナの時代には、それが小売店舗にとっては何より強力な差別化となる。

人間は目で見るものを信じる動物である。だから、仮に安全対策が舞台裏で行われていても、それが買い物客の「安心」につながるかというと必ずしもそうではない。「オープン・キッチン」の台頭は、「顧客の目に見えるところで調理をすることによってもたらされる『安心』の提供」がイノベーションの源になった。五感とまではいかなくても、視覚や嗅覚(清潔な香り)で生活者に「安全」をアピールする必要がある。

「清潔さ」を可視化し、「安心」のブランドを訴求
「清潔」なイメージを生活者の頭の中に刻み付ける設備や仕組みを設け、忠実に実践していくことが効果を発揮する。たとえば店舗の入り口で、買い物客が見ている前で店員がショッピング・カートやかごを除菌する、そんな簡単なことでも生活者への印象付けにつながる。近い将来に除菌技術が発達すれば、棚や冷蔵庫・冷凍庫の中を自動的に除菌するロボットを顧客の目の見えるところに設置し、営業時間中に定期的に作動するように設定しておく店舗が増えるだろう。

コロナ以前には、店内の清掃作業や除菌作業は営業時間外など、意図的に顧客の目に触れないところで行われていた。しかし、コロナの時代には、これらの業務は顧客に「安全」をアビールするためのデモンストレーション(「見せる業務」)となる。

店内への清掃用ロボットの導入はもう既に始まっている。2018年の末から、ウォルマートはAI制御された床清掃ロボットを一部の店舗に導入している。また、アラバマ州にある中堅チェーン、フォース・アベニュー・スーパーマーケットでは、今年4月にショッピング・カートを除菌するロボットを新規導入した。そして6月には、ニュー・メキシコ州アルバカーキーの国際空港で、除菌用ロボットが導入されている。

また、多くの店舗が、コロナに感染すると重篤化するリスクの高い高齢者や、ある特定の疾病をもつ人たちに対して、開店前の一時間を特別な「ショッピング・アワー」として開放するという制度を設けているが、これも優れたロイヤルティ育成の方法であるといえる。一部の限られた顧客層に対して店舗を開放することで混雑を避け、安心して買い物をしていただく、というコンセプトだが、実際問題として、これが感染リスクの低下に貢献するかというと定かではない。しかし、高齢者や持病をもつ人たち、つまり、コロナの時代に特に強い不安や心細さを感じている人たちに「特別なショッピング・アワー」を設けることによって、「この店は自分の健康や安全を気にかけてくれている」というメッセージを送ることができる。これは長期的なロイヤルティにつながるだろう。

メーカーや専門家とのタイアップで「安心」を売る
一歩先を行って考えると、店舗小売業者が、店内の清掃や除菌を「商品デモ」の好機と捉えて、清掃・除菌用品メーカーとのタイアップで行うことも考えられる。メーカーにとっては自社商品の露出を高め、その効用をアピールするよい宣伝になるし、小売業者にしてみれば、店舗にメーカーのレップを招き試食プログラムを遂行してもらうのと同様の感覚で、清掃・除菌業務を兼ねて商品の「デモ」を行ってもらい、清掃・除菌の経費の節約につなげるというメリットもある。

小売業界の事例ではないが、今年五月にユナイテッド航空が清掃・除菌メーカーのクロロックス(Clorox)と、アメリカの医療施設として名高いクリーブランド・クリニック(Cleveland Clinic)との提携を通して「クリーンプラス・イニシアチブ(CleanPlus initiative)」を立ち上げた。「クリーンプラス・イニシアチブ」は、クロロックスとクリーブランド・クリニックの知見を基盤に、乗客の健康と安全を最優先に掲げたトラベル・エクスペリエンスの提供を謳うものである。具体的には、ユナイテッド航空の機内や空港の関連エリアにクロロックスの製品を配置するほか、クロロックスとクリーブランド・クリニックの研究者や医療専門家のアドバイスを得て開発された清掃・除菌作業手順やプロトコルを徹底するというものである。平時ならば、さほど注目もされないような取り組みだが、コロナの時代には、競合の航空会社との差別化をはかる一要因として効果を発揮しているといえる。

コロナ禍中においては、「清潔」「安全」「安心」が顧客のロイヤルティを確保する新たな差別化要因になり得る。店舗内部や周辺の環境整備、設備やサプライの配置、店員による作業・手順の遂行など、あらゆる要素がブランディング要素として駆使できる。ワクチンの開発や普及には少なくとも数カ月がかかると予想される中で、こうした方策をクリエイティブに考案し、フットワーク軽く遂行していくことが要求される。ビジネスを運営していくうえでの新たな「必要要件」となったコロナ安全対策を、「コロナ・コスト」を生みマージンを圧迫するものとして忌み嫌う向きもあるが、見方を変えれば、これは顧客の心をつかみ、生涯価値を倍増させる意義ある投資である。そう考えれば「攻め」の姿勢で積極的に取り組むことができ、相応の成果を生むに違いない。

記事/ダイナ・サーチ、インク 石塚しのぶ