トイレット・ペーパーの「パニック・バイ」がビデ需要急騰の引き金に
日本では、TOTOの「ウォシュレット」が1980年に発売されて以来、温水洗浄便座が日々の生活の中にすっかり定着しています。

「ウォシュレット」の前身は、なんと、TOTOが1960年代に販売を手掛けていたアメリカからの輸入品らしいのですが、そのわりには、「お尻洗浄器」はアメリカではまったくといっていいほど普及していません。

しかし、コロナ・ショックがすべてを変えてしまいました。

ロックダウン(外出禁止令)が発令される直前に、いわゆる「パニック・バイ(パニックによる買いだめ)」現象が起こり、アメリカ中の小売店舗の棚からトイレット・ペーパーが姿を消してしまったのです。

以前に比べれば状況はやや改善されたものの、ロックダウン開始から一カ月が経過した今日でも、店頭で空っぽの棚に遭遇してがっかりさせられることが多いというありさまです。

そこで、困窮したアメリカの消費者が最後の手段として買い求めているのが「ビデ」です。それも、大がかりな工事などを必要とせず簡単に装着できる簡易ビデや「携帯用ビデ」が人気です。

「コロナ特需」により潤うアメリカの温水洗浄便座/ビデ・メーカー
コロナ・ショック以前に、ネットで細々と販売していた新興ビデ・メーカーは、突然の需要の高騰に笑いが止まりません。中国の工場で作らせている製品を空輸でアメリカまで運んでいる会社もあると聞きます。

ただし、急騰した需要レベルが長期的に持続可能かというとそれはわかりません。直近の状況に目をつけ、多くの大手小売・流通業者が自社ブランドの展開をはやくも検討しているといいますし、また、中国からの安価な模造品の流入も既に始まっています。

にわかに注目が高まった「ビデ・ビジネス」について語るアメリカの記事には、当然、日本のTOTOの名前も登場しますが、残念ながら、TOTOはアメリカでは「知る人ぞ知る」のブランドであり、知名度はそれほど高くありません。しかし、アメリカのビジネス誌上で、TOTOは「ビデ・ビジネスにおけるiPhone」などとも称され、それなりのリスペクトを得ています。

TOTOのアメリカへの進出は1990年にさかのぼりますが、この「ニッチ製品」に目をつけ、アメリカのブランドであるKohler(コーラー)などが2000年代の初めに国産の温水洗浄便座の販売を開始しました。

コロナ・ショックを機に、アメリカにおいて、温水洗浄便座やビデの普及が進めば、トイレットペーパー市場の売上に大きな影響を及ぼすことになる・・・と様々な予測が立てられています。温水洗浄便座やビデが普及している他国の例によれば、これらの製品を使用する世帯では、使用後のトイレットペーパー消費量が最大7割まで減少する傾向にあるそうです。

日本での「ウォシュレット」をはじめとする温水洗浄便座の普及率は80%。しかし、浸透率がこのレベルに達するまでに40年の月日がかかっています。現在、アメリカのビデの普及率はまだ10%未満。この数値をベースに考えると、アメリカのトイレット・ペーパー・メーカーは、市場の浸食を心配する必要はまだまだなさそうです。

商機を掴め!新興ビデ・メーカーの躍進
「コロナ特需」と呼ぶのは不謹慎かもしれませんが、アメリカの温水洗浄便座/ビデ・メーカーの売上は軒並み急上昇中です。

2020年3月期のコーラーの売上は前年の8倍。ビデのオンライン・ブランド、オーマイゴー(Omigo)は12倍。同じくネットで自社ブランドのビデを販売するトゥッシー(Tushy)は10倍の売上を記録しています。

急騰する需要に応え、いかに、商機を掴むか。経営陣が討議に討議を重ねたうえでのトゥッシーの決断は、「ビデを中国から空輸する」ことでした。

空輸には通常の3倍のコストがかかります。少しでもダメージを軽減するために、急遽、デザイナーと相談してパッケージをより小さくするよう工夫を施しました。コンテナで運ぶほうがもちろん安上がりですが、製品が中国から太平洋を渡りアメリカに届くまでは3カ月間がかかります。それでは、需要に応えることができず、せっかくの好機を逃してしまいます。

もともと店舗流通を主とするコーラーなど従来型メーカーは急騰する需要に応えることができませんでした。しかし、トゥッシーやオーマイゴ―といった「ネット直販」の会社は、サプライ・チェーンの調整を素早く行い、見事に商機を手にしています。

「ネット直販」のブランドの特徴として、顧客獲得のためにマーケティングに莫大な経費を費やすという性質があるのですが、コロナ・ショックをきっかけに、アメリカの生活者のビデに対する関心が自ずと高まったため、通常は広告宣伝に費やしているお金を代わりに中国からの輸送コストに費やすことができたのです。

もちろん、割高な輸送コストが利ざやに食い込んでいることは否めませんが、今、生活者の需要に応え、一人でも多くの人にビデを届けることが先決、と考えたのです。ビデを一度使った人は、「エヴァンジェリスト」になる傾向があるといいます。一度使ってもらえば、そこから何倍もの口コミが期待できるという算段です。

開花するアメリカの「お尻洗浄器」市場、注目されるその行方は?
かのアマゾンもビデ需要の高まりを感知したようで、アメリカのアマゾン・マーケットプレイスに行くと、アマゾンのエクスクルーシブ・ブランドと思われる商品が「ベスト・セラー」としてリストされ、プライム対象品として会員には送料無料で配達されるようになっています。

コーラーなど従来型の温水洗浄便座のメーカーは、ネット直販ブランドが展開する安価なビデの品質の粗悪さを取り上げては攻撃しますが、これらのブランドの「簡単さ」「手軽さ」がまさしくその人気の秘密だといえます。

従来型メーカーの商品は、なるほど品質には優れているかもしれませんが、高価ですし、素人が自分で簡単に設置できるような代物ではありません。それに引き換え、ネットで展開している新興メーカーの商品は安価で、また、特殊な工具を持たない素人でも10分程度で設置できるという簡単さです。

今日、コロナ・クライシスの只中にあるアメリカの生活者にもてはやされている、安価かつごくシンプルなビデ市場への参入障壁は極めて低いと推察できます。この市場に、大手の小売業者が自社ブランドを投入するのはもはや時間の問題でしょう。

トゥッシーやオーマイゴーなどの新興ブランドは、自社製品の「ファッション性」が従来型ブランドに勝つ究極の武器になると主張します。TOTOのアメリカのホームページを見ると、デザイン性に優れていて、これらのブランドと比較しても決して見劣りはしません。安価な「初心者向け」ビデが米生活者の間に普及するにつれて、よりハイエンドな温水洗浄便座の主流化に向けても道が拓けてくるでしょう。この好機をぜひともものにしてもらいたいものです。

記事/ダイナ・サーチ、インク 石塚しのぶ