本記事は、コア・バリュー経営協会会員向け記事として作成されたものです(2018年10月26日)。

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マルチ・ステークホルダー・アプローチのもたらすメリット

テキサス州オースティンで野飼いの鶏の卵を供給している流通加工業者の話です。

2007年に設立されたこの企業は、今日、野飼いの卵を供給する会社としては全米最大の規模になり、全国の食料品店やレストランに鶏卵だけではなくバターのような加工食品も供給しています。「クルーメンバー」という呼ばれる従業員を110人抱え、2017年には年商100億円を達成し、2018年にはフォーブズ誌が選ぶ「スモール・ジャイアンツ:アメリカのベスト・スモール・カンパニー」のひとつとして表彰されました。

この会社では、ビジネス上のすべての意思決定は、「倫理的に生産された食品を食卓に届ける」というコア・ミッションに基づいて下されていますが、これは、ステークホルダーのサポートなしには実現不可能なことです。結果として、この会社では、投資家、従業員、顧客、サプライヤー、そして地域社会との長期的な関係の維持を最優先とする「マルチ・ステークホルダー・アプローチ」をとっています。そして長年を経て、このように大事に築いてきた関係こそが、業界の「常識」をはるかに超えた成功の基盤になっているのです。

では、「マルチ・ステークホルダー・アプローチ」を実践する、とは、実際にはどういったことを意味するのでしょうか。この会社を事例にとって細かく見ていきましょう。

マルチ・ステークホルダー・アプローチとは何か
この会社では、「すべてのステークホルダーの視点からサステナブル(維持可能)でなくては、会社の長期的維持はありえない」を基本的信条としてビジネスを考えています。この信条のもと、以下にあげるすべてのステークホルダーとの長期的関係の維持に常にフォーカスを置いています。

◆投資家
◆従業員
◆サプライヤー
◆顧客
◆地域社会と自然環境

事業の発足時から、この会社は「すべてのステークホルダーの関心を考慮に入れる」コンシャス・キャピタリズムのモデルをとってきました。会社がステークホルダー・アプローチをとるということは、短期的な利益を追ったり、投資家に対する即時的なリターンを求めるのではなく、長期的な視野でビジネスの展望を考えることを意味しています。マルチ・ステークホルダー・アプローチをとる会社は、投資家や従業員、サプライヤーや顧客、そして地域社会の声に耳を傾け、それらと共に力を合わせていくことに並々ならぬ時間を投資します。そして、結果的に、ビジネスに関わるすべての人に価値を提供する行動をとるように配慮しています。

すべての意思決定が常にすべてのステークホルダーに均等な価値を提供するわけではありませんが、肝心なのは長期的な維持を真剣に追求しているということです。長期的に維持可能な会社をつくるためには、会社の生態系の中に含まれるすべての人や組織のためになる意思決定をしていかなくてはなりません。目先の利益を追求しても、農家の人にとって維持可能でないやり方では、結局は共倒れになってしまう、と同社の社長兼CEOであるラッセル・ディーズ・カンセコ氏は言います。

目的主導の投資家たち
この会社とステークホルダーの関係の中で最もユニークなのは、投資家との関係でしょう。創設者兼CEOであるオヘア氏が最大の投資家ではありますが、その他にもプライベート・エクイティの会社から25億円相当の投資を受けています。プライベート・エクイティから投資を受けることで事業を拡大することができたわけですが、しかし問題は、そうした投資家が急速な成長を優先したり、一刻も早く会社を売却してリターンを得るようにプレッシャーをかけるのではないかということです。

オヘア氏はそうしたリスクを避けるために、ひとつの会社から多額の投資を受けるのではなく、複数の会社から小ぶりの投資を受けることによりリスクを分散するというアプローチをとりました。またそればかりではなく、会社の使命を共有し、それに賛同してくれる投資家のみから投資を受けるようにしました。その過程で、最も多額の投資を申し入れた投資家とは、使命の共有ができなかったことを理由に投資の申し出をお断りするという結果になりました。つまり、最終的に残った投資家たちはすべて高い社会的意識をもった投資家であり、社会へのインパクトを何よりも優先する投資家だということです。ですから、短期のリターンを求めるのではなく、長期的に会社にコミットし、リターンを急がない姿勢を持っています。また、会社としては投資家に持ち株の一部を売却する機会を比較的頻繁に与えています。もし、会社の使命にもはや共感できないという投資家や、会社の方向性に賛同できない投資家が出てきた時に、一刻も早く手を引いてもらうのがお互いのためだと信じているからです。もっとも、今までに持ち株を売却した投資家はひとつもありません。

このユニークな取り決めのおかげで、創設者兼CEOのオヘア氏は事業のコントロールを失うことなしに事業の拡大を実現することができました。四半期に一度、投資家を交えて取締役会議を行い、財務成果を共有します。そして、投資家のすべてが、利益を得ることばかりに関心を持つのではなく、すべてのステークホルダーに価値を提供することに重きを置いた意思決定をサポートしています。例えば、つい最近、この会社ではミズーリー州スプリングフィールドに新しい工場を設立しました。この施設をオープンするのに約17億円がかかりましたが、その多額の投資に、計画当初は投資家の多くが難色を示しました。しかし、その投資が消費者にとって食品の安全性を向上させるものであったり、サステナビリティに配慮し、地域社会や自然環境により高い価値を与えるものであることがわかると、すべての投資家がそれに賛同しその計画を支持しました。

ステークホルダーと長期的に維持可能な関係を構築する
投資家の他に、四つの主要なステークホルダーがあります。各ステークホルダーと長期的に維持可能な関係を築くために、以下のようなことに配慮しています。

従業員
雇用関係が始まる第一日目から「クルー・メンバー」と呼ばれる従業員にはコア・バリューがいかに大事かということをアピールしていきます。採用前も、会社のコア・バリューを共有できる人か、会社の文化にあっているかを査定し、一人ひとりの個人を深く理解するために丁寧に時間をかけて面接をします。求職者個人の「人生の目的(存在意義)」を理解するために、ひとつの面接に何時間も費やします。採用されて雇用が始まると、一日目から誰もが「エキスパート」として扱われます。工場であっても、オフィスであっても、職種や役職に関わらず、すべての従業員がステークホルダー・モデルを理解し、すべての意思決定においてコア・バリューを優先することを理解し、実践しています。従業員が自らの声を会社に届けたり、会社からのフィードバックを得るためのコミュニケーション・チャネルがいくつも開かれています。例えば週一度の「ランチ・ミーテイング」の席では、事業の近況報告を聞くとともに、事業が社会に与えているインパクトを従業員全員で共有します。また、従業員満足を把握するために、NPS(ネット・プロモーター・スコア)を用いることも検討しています。

従業員間で問題が浮上することもありますが、その際には、リーダーたちはコア・バリューと、「すべてのステークホルダーに価値を生むかどうか」ということを考慮して意思決定を下します。もし、会社のコア・バリューに反する言動を何度も繰り返し行う人がいたら、お互いに厳しい問いかけを投げかけます。この従業員の言動は、ステークホルダーにどのようなインパクトを与えているのだろうか? つまり、この「問題ある従業員」は共に働くチームメンバーに迷惑をかけているばかりではなく、商品やサービスの質の面で顧客にも迷惑をかけているかもしれないからです。会社のため、そしてすべてのステークホルダーのために、この会社では、各従業員が自社の企業文化やコア・バリューを共有し、それに合致した言動をとっているかを真剣に受け止めています。

顧客(取引先)と消費者
この会社が2007年に事業を開始した時、野飼いの鶏卵が米国鶏卵市場全体に占めた割合はわずか0.1%でした。それが今では2.7%になり、その73%をこの会社が占めています。そして消費者はこの会社が供給する鶏卵に対してプレミアム価格を支払います。それは、一般の鶏卵の価格の3倍に上ることもあります。社会意識の高いミレニアル世代をターゲットとした効果的なマーケティング/ブランディング活動もさることながら、常に取引先や消費者との密なコミュニケーションを怠らないこともこの会社の優れている点です。どのようにして会社が運営されているのか、飼育や生産のプロセスについて情報をオープンに共有し、極めて透明性の高いアプローチをとっています。四半期に一度は、取引先の小売店舗やレストランが農場を訪れる機会も提供しています。

顧客との関係を常時モニタリングし、少しでも歪があれば直ちにそれを修正することに力を注いでいます。従業員と同じく、顧客満足度の測定にNPSを用いて、ごく頻繁に調査を行うことで顧客との関係をほぼリアルタイムで把握できるように努力しています。もし、何らかの問題があれば、当事者である顧客を農場に招き、力を合わせて、問題解決に向けて話し合うようにしています。顧客に助けやアドバイスを求めることもあります。共通の使命をもつ仲間なのだという意識が、顧客との間にも息づいています。

サプライヤー
サプライヤーには契約農家や、パッケージ資材の供給元、輸送業者やその他のベンダーが含まれます。従業員と同じく、主要サプライヤーと意思疎通を図るために複数のチャネルを設けてコミュニケーションをとっています。特に、鶏卵の飼育にあたる130以上の契約農家とは密接な関係を築くように努力しています。例えば、本社の「サポート・チーム」が毎週一度農家に電話を入れたり、月に一度は農場を訪れたり、また、四半期に一度の満足度調査や、農家の質問に答えたり、役立つ情報を配信したりすることを目的としたニュースレターの発行も行っています。そして、先ほど述べた「農家サポート・チーム」と「コンプライアンス・チーム」という二つの主要なグループをつくり、農家のサポートにあたっています。「農家サポート・チーム」は、農場の経営や鶏の健康管理や生産性の向上に役立つ情報やリソースを提供し、農家を支援することを目的としています。「コンプライアンス・チーム」は、「野飼い」の認定を受けるための厳格な監査が提示する必要条件に見合うように農家を支援し、悩み事や落ち度が問題に発展するのを防ぐ役割を果たしています。すべての契約農家と週に一度は必ずコミュニケーションを取り、本部の社員が月に一度は自ら農場を訪れ、四半期に一度、必ず監査を行うことを徹底しています。

サプライヤーとの関係においては、「学びの場を設ける」ことがキーです。その一環として、四半期に一度、「サミット」を開催し、すべての契約農家を招待します。「サミット」は農家同士が知識や情報、ベスト・プラクティスを共有しお互いから学んだり、本部の近況報告を聞いたりする重要な場です。農家にとっての「学びの場」であるばかりではなく、農家の悩み事や、農家にとって何が最も重要なのかを聞く、本部にとっては貴重は「ヒアリングの場」を提供するイベントでもあります。

地域社会と自然環境
地域社会と自然環境の健康はこの会社の使命の実現において欠かすことのできないものです。地域社会に対して責任ある(長期的に維持可能)な土地の活用や、家畜に倫理的かつ人道的な飼育環境を提供することは、この会社にとって使命の二本柱です。これを実現するためにミズーリー州スプリングフィールドに17億円を投資し最新鋭のパッキング施設をオープンしました。一般的に言って、鶏卵のパッキング施設というのは働く人にとっても快適な職場ではありません。屋内の環境は粗悪であり、寒暖が厳しく、照明は薄暗く、天井も低いので背を屈めて働かなくてはなりません。一般的な鶏卵のパッキング施設では、そのすべてが、働く人にとっての快適さではなく、「コスト削減」を念頭において設計されています。この会社のパッキング施設は、従来のものとは正反対の方向性で設計されています。すべてのステークホルダーを考慮し、すべてのステークホルダーに価値を与えることを目的として設計しました。スプリングフィールド市とも話し合いを行い、都市設計において市が掲げている目標の達成をこの施設がどうサポートできるかを検討しました。

施設を設計するにあたっては、建設予定地に立っていた樹木を伐採せずに維持し、雨水の排水を助けるインフラを構築しました。また、地域に固有の動植物の維持にも投資しました。施設内は空調設備が完備され、エアコンで夏も冬も過ごしやすい室温が保てるようになっています。窓を十分に設けて、自然光が入るような工夫も施しました。そして、時給13ドルから始まる雇用機会を地域に提供しています。このような努力に対して、市の表彰も受けています。

「ステークホルダー・アプローチ」は、いかなる業界や業種においても実践が可能なのだ、ということを立証する事例だといえます。

*注:本記事は、米スモール・ジャイアンツ・コミュニティによるインタビュー記事に基づき、ダイナ・サーチが独自の視点や見解を加えて作成したものです

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